新旧交代(納車)

できごと

4WD性能を試すかのような大荒れの天候の中、新しい車が我が家の仲間になりました。

40数年前に初めて「パブリカ」を購入してから、延12台(代)目の車になります。

 

 

トヨタ パブリカ
当時の給料で買える車はこれしかなかったような気が・・。
一定の回転数で異音・違和感を覚え、異常の有無で押し問答のすえ精密点検実施し、その結果(整備工場の言うことでは)クランクシャフトに”す”が入っていたことが判明。
自分で「俺の第六感すご~い」と思ったこともありましたっけ。
この後、後半の高度経済成長期と相まって、マイカーブームが訪れ「隣の車が小さく見えま~す」のCMが流行ったのを思い出します。

 

トヨタ コロナマーク2ハードトップ(2はローマ数字)
「社長の愛車」で大事に乗っていたとのふれこみで中古車を購入。
どうも釣り好きの社長さんだったようで、見えにくいところで多数の錆た釣針を発見。マフラーに穴があいたり、ドライブ途中でクラッチが切れなくなったりと、思いのほか手がかかり車の構造やメンテナンスの楽しさ(?)を学んだ車でした。
まだ、キャブレーターとかバックファイヤーとかが一般的な頃の話です。

 

トヨタ コロナマーク2LGツーリング(2はローマ数字)
当時あこがれの6気筒エンジンで四輪独立懸架・絹の走り、がセールストークでした。5速マニュアルミッションの3速へのチェンジ時のギア鳴りが気になった車でもありました。ダブルクラッチを踏んだりギヤオイルの粘度を変えたり工夫しました。
ギヤ鳴りの理由が「4速のギアボックスに5速を収めたので仕方がないんだよね」と言われたのが印象に残っている車です。 この車で初めてEFI(電子制御燃料噴射システム)に出会いました。

 

日 産 チェリーバネット ラルゴ グランドサルーン
初めてのワンボックスカーでした。サンルーフとキャプテンシートに魅せられて親子で大満足しそれ以降の車選びに影響を与えました。
自宅の駐車場で車上狙いに会い、盗られた物はありませんでしたが、鍵を壊されたのがきっかけで次の車にバトンタッチすることになりました。

幸せなことに、妻が110番に電話したのが後にも先にもこの時だけです。
サイレンを鳴らしながらパトカーが来るのではと、ドキドキしながら待っていたところ、やってきたのは自転車に乗った近所の交番のお巡りさん。ホッとしたり、ちょっぴりがっかりしたり複雑な思い出だそうです。

修理に持っていった販売店(外車も扱っている販売店でした)で「わずかな金額を出すと新しい車に乗れるよ」と、店長の悪魔のささやきが聞こえました。結局わずかでは済まなかったのですが、車ってあれもこれもとついついなってしまいます。

 

フォード スペクトロンXL-T 4WDディーゼル
初めての四輪駆動車でした。納車後エンジンルームの銘板を見て、マツダのボンゴであることに気がついた車です。夏休みの北海道旅行などで性能を試すため未舗装路を探して走りました。
「マツダだったのか」が原因で、約1年ほどでお別れということに。下取り時に、何か不具合があったのではないかと査定員の疑いの目が印象的でした。

 

トヨタ ハイエーススーパーカスタムリミテッド
一度乗ってみたいとの妻の夢をかなえた車でした。サンルーフやキャプテンシートが装備されセカンドとサードシートが対面し、サードシートも電動でリクライニングする豪華版でした。
ターボチャージャーつきの2.4リットルディーゼルエンジンで、ある日ターボの音がヒューッと響き、急に加速が良くなったと思ったらマフラーが破損していました。当時流行っていた暴走族の気持ちが少しわかったような気になった日でした。
明日から夏休みで家族揃って北海道旅行に出発する前日のことでした。世の中もお盆休みで何とか開いている修理工場を探したのを覚えています。

 

トヨタ コルサ
子供の学校の都合で二年間の逆単身赴任生活を経験しました。その時に、子供の通学支援のため、妻の足として活躍しました。その後、長女夫婦の足となり10万Km以上走りました。我が家で一番長期で長距離を走った車です。
ある朝、妻から「お父さん。車が欲しいの、100万円出して頂戴。足りない分は、私が何とかするから」と電話が・・・。

 

トヨタ グランビア
ターボチャージャーつきの3リットルディーゼルエンジンでした。ガソリン車もあったのですが、この車種はディーゼルエンジンがお勧めです。とアドバイスを受けた車でした。

一緒に道南の地にやってきましたが、これなら大丈夫です。と、お勧めのスタッドレスタイヤを装着しましたが初めての冬道で滑り、いろいろと工夫をしたものの怖くなって翌年春には四輪駆動車に・・・。FR(フロントエンジン リアドライブ)であるがゆえに、北海道で活躍したのは1年だけでした。それさえなければ長く乗ったであろう車でした。

 

 

マツダ トリビュート
フォード製のV6 3リットルエンジンを搭載していました。この車の購入に当たっては、忘れられない思い出があります。

当初は、ハリアーにするつもりでした。(頼みもしないのに・笑)見積もりを持参し熱心に勧めてくれた営業所の所長さんがいました。
そこで、こちらから営業所に赴き、応対してくれた営業担当者にそれとなく購入の意思を示したつもりでしたが、所長との意思の疎通が図られていなかったのでしょう。「ハァ?」という感じだったので・・。その足で試乗会を実施していたマツダの営業所でトリビュートに決めたいきさつがあります。

その後、何も知らない所長が我が家を訪れたので、「トリビュートに決めた」と話したら顔色を変えて、プイッと立ち去ったのが印象的で、「客商売なら話ぐらい聞けよ」と。なんとも後味の悪い思いをしたものです。それ以来この営業所は鬼門です。結果として何台か売りそこなった訳です。

マツダの営業とも印象的な出来事があったのですが、武士の情けで・・・。

 

 

マツダ MPV
道内の温泉地や「東北旅行で親孝行」等で活躍してくれました。
今は買い換えたいと思えるほどの車はないけれど、営業担当者の成績に貢献すべく、せめて新しいタイヤとホイールを買おうかとまで考えたこともありました。が、ある出来事を機にマツダ車を卒業することになりました。

 

 

日 産
ノートメダリストエマジェンシーブレーキパッケージ
愛犬「ミルク」がいなくなり、主に夫婦二人で利用するのがほとんどの状況を勘案して、無駄に空気を運ぶこともない、多人数のときはレンタカーがあるさと乗り換えた車でした。
スーパーチャージャーつきの1.2Lエンジン搭載で、コンパクトながら流行りのエマジェンシーブレーキやアラウンドビューモニタ、車線逸脱警報装置・アイドリングストップなどが装備されていました。

私は、アラウンドビューモニターを見ながらの車庫入れは苦手で、何故かまっすぐ入らないことが多かったように思います。
メダリスト専用色のビートニックゴールド。同色の車に3回だけあったことがあります。見慣れると落ち着いた大人の色だったと思えます。
とても気に入っていたのですが、走行距離15,000Km強で新しいご主人様のもとへ。
ちなみに平均燃費は、19.91Km/Lでした。

 

日 産
セレナハイウェイスタープロパイロットエディション4WD
家族の一員として、想定していなかった「よつば」が加わったことと、駒ケ岳噴火等の災害発生時対策として買い換えた車です。
「小学生の子供のいる40代の若いお父さん」を想定した車だと思い(しかもハイウェイスターって)、我々には少々若向きすぎるかなとは思ったのですが、同世代の”彼”も宣伝しているので・・。
何年か前に、東京ドームで「矢沢60歳になりましたっ!」って言ってたような記憶が、後押ししてくれました。”反町さん”や”瑛太さん”も考えなかったわけではありませんが・・・。

思えば昨年11月の定期点検時、いつものように「取りに行きます」との申し出を、買い物ついでに持って行くと断り、営業所で展示車を見たのが運のつき、妻と「よつば」のためにと意見が合い、あっと言う間に決まってしまいました。この夫婦は、ベクトルが同じ方向を向いたとき怖いのヨ・苦笑

昨年の町主催の駒ケ岳噴火を想定した避難訓練時に、我が家においても防災備品や避難時の問題点の洗い出しを行った際に、「よつば」のあつかいについて話し合ったと言う下地もあったのですが・・・。

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